9月2015

広野提灯

8月の末にお願いしていた提灯が、今日届きました。

というのも、10年ほど前のことですが、園長先生の住んでおられる町内で、使わなくなった提灯を

頂いて来てくださったのです。提灯といっても、一個が1メートル弱もある立派なものです。

9月5日に行った縁日でT先生たちが「いいものがある」と大きな提灯を飾ったのです。

さすが、京都の地蔵盆を彩った提灯だけあって、縁日の会場を盛り上げてくれたのです。

そこで、今年の運動会はテーマが「祭り」なので、是非、入場門に使いたいという、先生からの申し出に

園長先生が「それでは広野幼稚園と名前を入れて新調しましょう」と言ってくださり、今日を迎えたのでした。

京都市内の高橋提灯様が、手作りで3週間もかけて作ってくださったのです。さすが色調も美しく、広野幼稚園の

名前も輝いていました

DSCN1563

さっそく、南ガレージにある提灯を吊るす台(実際に町内の通りで使用されていたもの)に取り付けてみると、

やはり納まりもよく、見事なものでした。

運動会の入場門を彩ってくれること、間違いなしです。

どうぞ、お楽しみに。

DSCN1566  DSCN1567

グーちゃんママ

お芋堀り!!

 

今日は、待ちに待ったお芋堀りでした!

登園すると「早くお芋堀り行きたいなぁ!」「僕、20個取りたいねん!」と

朝からやる気満々の子どもたち。

寺田のあらすいも畑へ、バスに乗って出発!!

一人3株ずつ掘れるように農家の方々が白線でラインを引き、

蔓を切って子どもたちが掘りやすいように用意してくださっていました。

土を掘っていくと、顔を見せたお芋に「先生、お芋あった!」「見て!大きいで!」と大興奮!

「うんとこしょ、どっこいしょ」の掛け声も忘れていませんでしたよ。

DSCF4005

DSCF4035

帰るときにも「今日はお芋でお腹いっぱいになるなか」と早速食べることを考えていました。

各ご家庭、お芋ご飯・お芋の味噌汁・スイートポテトなどなど何に変身したのかな?

自分で掘ったお芋は、とっても美味しいでしょうね♪♪

Happy☆

ぱれっとサロン(前期)も一旦終了です。

昨日9月27日は中秋の名月でしたね。きれいなお月様をご覧になりましたか? お月見をする・・・古くは中国から伝わった風習だそうですが、この中秋の頃は収穫の時期でもあり、 満月に豊作祈願や収穫を感謝していたそうです。 元々はお団子ではなく里芋を供えていたとか・・・。 ススキも稲に似ているところから豊作を願ってお供えするようになったそうですよ。 むかしむかしから受け継がれてきたひとつひとつの行事を、やっぱり大切に子ども達に伝えていきたいですね。   さて、今日はぱれっとサロンでした。 5月から5か月。みんなぐんぐん成長されましたね

IMG_2611 IMG_2614

IMG_2615 IMG_0883

できなかったことができるようになるって本当に感動です。一緒に喜び合える仲間がいるって素敵なことですね。

お母さま方、ありがとうございました。サポートしてくださっていたお父さま方にも感謝しています。

土曜日のぱれっとひろばに続き、ぱれっとサロンも今日で一旦終了です。 一旦?と申しますのは前期が9月で終わり、10月はお休みをいただいて11月から後期ぱれっとサロンを 再開するからです。後期は月2回隔週の月曜日で、3月まで続きます。今までのお友だちはもちろん新しいお友だちの参加も お待ちしていますので、「そろそろおすわりもできるようになったし・・・」とお思いの小さなお子様がいらっしゃるお母さま達! サロンデビューされませんか? あったかーい雰囲気の中でお子さまもお母さまもお友だちを作って“楽しい子育て”をしていきましょう。

初回は、11月2日(月)10時からです。お待ちしています。

追伸 今夜スーパームーンと呼ばれる大きな満月が見られるそうですよ。お楽しみに・・・。

乗り気コラム

スーパームーン(名月)を見に行ったはずが・・・

 

セントラルリーグの首位攻防戦、ヤクルト対読売ジャイアンツのテレビも7回裏、というおもしろい試合展開のなか、家をあとにしました。今日は中秋の名月ということで、世界文化遺産の一つ、京都の下鴨神社では、例年のごとく、名月管弦祭が開かれるということ、たまたまこの招待状を持っていましたので、時間に遅れるのはということで、市バスに飛び乗ったのでした。

出町柳まで乗り越し、少しバックします。その途中の出町の常林寺の荻の花を右手に見ながら、加茂川を横断しますと、そこが下鴨神社の参道につながる道です。

少々時間があったので、糺の森に入ってすぐの左手に、河合神社があります。ここは、美しくなりたい女性の参拝客の多いところですが、自分にとっては、別の目的があります。それは、古典の一つ、方丈記の作者、鴨長明(かものちょうめい)が(醍醐の近くの)日野の山中につくった、方丈が復元されているからです。この日も、再見を楽しみにおじゃましたのでした。

そこで、水木茂(ゲゲゲの鬼太郎)作の“マンが方丈記”を購入し、都会の中の原生林と言われる糺の森の雰囲気を味わいながら、ゆっくりと足を運びます。

一礼して鳥居をくぐると、今日に限って出るお店が7・8件並んでいます。まず、目に入ったのが、このところ特に有名になって来て、いつも店頭20人以上の客が並んでいる出町柳橋西詰の“ふたば豆餅”。ここではだれも並んでいませんので、これ幸いと一パック購入しました。ところが、6個入っていると思っていたのに、3個しか入ってなかったのは誤算も誤算でした。

名月管弦祭に寄せていただくのは、10年振りくらいでしょうか。以前、寄せていただいたときの思い出として、強烈に残っているのは、管弦祭の舞台の両側で焚かれる篝火(かがり火)。この舞い上がる火の粉を見た一人の子どもが「あっ、ホタルが飛んでる!」と言った言葉です。

このところ、子どもの言葉や行動の再編集を精力的に行っていますので、改めて、その記憶を新たにし、感動し直したのでした。

ブログ 写真

 

園長

 

 

逢坂山(関)を越えての散歩

運動会の見学を終えた午後、ふとしたはずみで、

山科区の大宅から大津まで歩いてみようということになりました。

車では何度となく行き来している逢坂山、その渋滞で何度となく腹立たしい

思いも持ったところでもあります。

 

山とは言え、今では峠とも呼ぶもおこがましいほどの一般道、国道1号線です。

しかし、その昔、万葉のころから琵琶湖を通って諸国から送られた、

京の都への物資の大半がこの山を越えたと思われます。

そのため、この道は、何度となく、堀削され、低く通りやすくされてきたようです。

 

話は少し飛びますが、百人一首の中でも覚えやすく、多くの愛好家の卵から

好きな“取り札”として覚えておられる方も多いかと思う、

“これやこの行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも逢坂の関”と盲目の法師、

弾丸によって詠われた和歌でも有名です。

今日の散歩は、この弾丸法師の歌にひかれての道です。

 

この他にも、清少納言の歌で百人一首にも選ばれている、

“世を込めて鳥のそらねははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ”も

この峠道を詠ったものです。

 

音羽病院の横の道、昔の伏見街道(宇治街道)から追分を過ぎ、

車がビュンビュン行き交う、国道1号線の横の歩道を歩みます。

ず、昔、弥次さん喜多さんも通った旧東海道筋まで黙々と歩きます。

この辺りには、“走り井餅”のお店があったはずだと思いますが、

それは、はるか昔なのでしょうか。

 

そのご近所に、蝉丸神社や蝉丸の歌碑があります。

二度と通らないと思いますので、少々の階段はものともせずに登り、

また、少々お賽銭もはずみ、はるか昔、その当時に生きた人々を偲びました。

 

帰りは京阪電鉄京津線、曲がりくねった路線を楽しみました。

IMGP0123

園長

ぱれっとひろば最終回はうんどうかい!

シルバーウィークは連日良いお天気でしたが、今週後半は傘が手離せませんでしたね。

今朝も曇り空…“念ずれば花開く”と恩師の言葉を思い出しながら準備を確認していました。

何しろ今日はぱれっとひろばの最終回です。

願いは叶うもので、皆さんが登園される頃には青空が見え、秋らしい空が広がってきました。

いよいよ「ぱれっとうんどうかい」の始まりです。

クラスごとにカラー帽子をかぶって入場です。

IMG_1136

「ミッキーマウスマーチ」に合わせて準備体操をした後は

IMG_1141

ベビーカーを押したり、車に乗って押してもらったり…

IMG_1147

IMG_1151

IMG_1145

笑顔がどんどん増えていきましたね。

お母さんのおひざに乗せてもらってスキンシップ遊びを楽しみました。

 

おうちでもまたやってみてくださいね。

 

ティータイムでほっこりしていると…アンパンマンがみんなの応援に来てくれました。

早く走れる秘訣と、強くなれる秘訣を教えてもらってマントをプレゼントしてもらいました。

マントを着けるとみんなパワーアップ!元気にかっこよく走ってくれました。

はらぺこあおむしくんをひっぱたり…ボールを追いかけたり、トンネルやカゴに入れたり…と

発達に応じた動きで楽しく過ごしました。

IMG_1153 IMG_1154

うんどうかいのごほうびとして…先生からメダルをもらって大喜びです。

IMG_1181

アンパンマンが置いていってくれたジュースもおいしかったですね。

前期ぱれっとひろばに参加していただき、ありがとうございました。

同じクラスで一緒に過ごしたお友達や先生のこと、覚えていてくださいね。

しばらくの間、今日プレゼントした写真を見ながらぱれっとひろばの話に花が咲くといいなと思っています。

 

1歳児さんは10月22日からぱれっとひろば後期が始まりますので、また一緒に過ごせると嬉しいです。

2歳児さんは…10月1日にお越しいただけることを願っています。

皆さまとのご縁をいただいたことに職員一同感謝しています。ありがとうございました。

 

乗り気コラム

 

お誕生会♪

今日は年中組、9月生まれのお友達の誕生会がありました。

年中の誕生会では、今までにピエロ・魔女・ワクワクさん…と

いろいろな人達がお祝いに来てくれていましたが、今月はなんと!

先生たちが動物に大変身!!

誕生会

年中の先生は変身好きなのかな??

 

「これは誰だ?」のクイズでは、壁から少しずつ見え隠れする動物の耳や口ばしを見て

「にわとりや!!」「カエル!」など大興奮で答えてくれました。

なかなか見れない先生たちの姿に、お部屋に戻ってからも「先生、おさるになってたなぁ」と

たくさん笑ってくれました。

来月はどんな誕生会になるのか、楽しみにしていてくださいね!!

Happy☆

 

 

 

いよいよ!!

本日からいよいよ、園内の新しいパソコンシステムが開始しました。

前日に、お手紙で登録方法などをお知らせしましたが、

さっそく、システムを登録し使って下さる方々が

たくさんおられました。

 

説明会も催され、使い始めは慣れるまでに時間がかかるかもしれませんが

今までより、連絡方法が便利になっていくのを期待しています。

私たち職員も段々新システムを使いこなせるように励んでいます。

不明な点がございましたら、ご気軽にお尋ねくださいね。

リラックスなひとときを

連休一日目、朝の仕事が終わったのは、昼1時過ぎ。大阪のあべの(阿倍野)ハルカスの下でした。これ以後は予定もなかったので、赤トンボが舞い赤いマンジュシャゲの咲く近鉄吉野線の沿線の景色を楽しもうと、取り敢えず、切符は二上駅まで買い、それ以後、気がむいたところで降りることにしました。

 

別に、この頃、はやりの“乗り鉄”でも“撮り鉄”でもありませんが、秋の空気を胸一杯に吸い込み、明日への英気を吸収しようというところです。なぜ、吉野線にしたかは、この日の朝に、遠くに二上山を眺めていたからかもしれません。

 

河内長野線と分かれると、何となく、ひなびた感じが増してきます。随分遠くまで旅行に来たような気持ちです。上の太子駅で降りようかと思いましたが、いやいやもう少しと辛抱し、牡丹の花や中将姫で名高い当麻(たいま)駅で降りました。

 

駅から当麻寺までの1000メートルたらずの道は、自分にとっては、好みの小路(?)です。両側にたたずむ家々も、何となく品があります。変な満足感に浸りながら、歩いていますと、けはや館という看板が目につきました。昔の相撲取りの絵が描かれています。ここは絶対に入らなければならないと300円の入場料を払ったのでした。

 

「福音がありますよ」ということで、三角籤を引きますと、“ラッキー”。“前頭賞”

ということで、絵葉書1枚をゲットしました。“なーんや”と思われる方もあるかもしれませんが、この絵は、相撲取りの元祖、この地出身の“当麻蹴速(タイマノケハヤ)”対“野見宿禰(ノミノスクネ)”の二人が取り組んでいる、最古の(?)力感あふれる取り組みです。大変満足しましたが、もしも、“横綱賞”というのに当たり、横綱のまわしがいただけたのであれば、少し残念な気はします。

 

館内は受付の方だけ、館内には立派な土俵もあり、誰でものぼれるということで土俵も踏ませていただきました。折から、東京の両国国技館では大相撲の7日目が行われていましたが、こちらの方がよいなと思ったりもしました。

 

お寺には、ボタンの花だけでなく、奈良の薬師寺の両搭よりも古い昔から伝わる、立派な三重の東搭と西搭があります。

 

自称 保育バカ

(天下布武)織田信長の居城、近江の安土城趾へ

先週のNHKの番組で安土城について放映がありました。何の番組だったか定かではありませんが、観光中の混雑を避けて久しぶりに旅心を誘われたのでした。そこで、連休の真ん中、早朝から東海道線に飛び乗ったのでした。

 

もう一つの理由は、かなり昔、広野幼稚園のききょう塾で子どもたちと何度か訪れていたからでした。久しく行っていないうえ、先の番組で何かおもしろい発見があったように感じられたので、近々、子どもたちに案内されることもあろうかと思い、その下見を兼ねるという目的もあったのでした。

 

安土駅を降りると、城跡まで十丁の看板が目に留まります。さほどの距離ではありません。都会ではありませんので、さほど高くない山ですが、ビルが視野を遮ることもありません。

 

人影は少なかったのですが、驚いたのは、入山料の高さでした。ここで、子どもたちとともに行動することはできないと決めました。こうなりゃ、自分の思いのままに動くだけです。

 

大手道を登り始めますと、右手に前田利家公の、左手に羽柴秀吉(後年の豊臣)の屋敷跡があります。他所と比べておもしろいのは、階段の石の大きさが一律ではなく、高低が入り交じっているのです。その上、築城を急いだせいでしょうか、それとも、信長の性格を顕著に表しているのでしょうか、階段には結構お地蔵(石仏)さんが使われているのです。そこには、印もつけられていますので、さすが、足を乗せることだけは遠慮させていただきました。

 

本丸跡で信楽製の陶器の丸テーブルに座り、一息継ぎますと、“松風騒ぐ丘の上 古城を一人何思う 栄華の夢を・・・”と昔流行った歌も自然と口の端に出てきますが・・・。

 

息切れも治りますと、良い考えが浮かびました。それは、このテーブルの上で溜まっている原稿の校正をすればよいのではないかということでした。幸い、電車の中での仕事分以上に、持参の紙袋には入っていましたので、爽快な気分で仕事をすることができました。

ラッキー!ラッキー!

 

自称 保育バカ