お楽しみ会

PTA会で資源回収や特別会計での食材販売の収益で 年に一度のお楽しみ会を開いていただきました。

今回はお楽しみ劇場ガウチョスさんが美晴幼稚園に来てくださいました。

 

 

 

 

 

演目は チンドンのリズムと音色にのった大道芸のナンキン玉すだれと ぶんぶく茶釜の人形劇でした。

 

 

 

 

 

 

ホールからお部屋に帰る時 とても精緻な操り人形にふれさせてもらいましたね。

ガウチョスさん素敵な公演ありがとうございました。

みはるんのお友だちも楽しんでいましたね。

 

 

 

 

 

 

 

「先生…」

秋谷先生の告別式で 茶道の社中の代表の方が弔事を述べられました。

その弔事の最初の言葉は「先生…」という思いがこめられた呼びかけでした。

その「先生…」の一言がずっしりと重たく響き 代表の方の秋谷先生への敬愛の気持ちがしっかりとこめられていたのです。

それから 茶道のお仲間が多いとはいえ 女性の多くの方が和服(喪服)をきちんと着て 身なりを整えていらっしゃいました。

私たち幼稚園の保育者(教諭)も子どもや保護者 そして一般の方々から「先生」と呼ばれます。

しかし それが単なる職業上の呼称であるのと 子どもや保護者の皆さんの思いが込められて そう呼ばれているのとでは まったく持つ意味が違ってきます。

本当に敬愛されて 「先生…」と呼ばれるには その人の教師としてのあり方 普段の言動やふるまいにあらわれてしまう その人の人間性も問われるのでしょう。

そのことを 私を含めて現在の美晴の職員に重ね合わせてみると 遠く至らない現実を思い知らされます。

秋谷先生には 最後の最後まで 足もとを照らし導いていただきました。

今一度 私たちのあり方を見直して 子どもたちに向き合い保育に取り組みます。

追悼

3月1日 美晴幼稚園の草創期に主任教諭をされて 退職後も学園の理事としてご尽力いただいておりました秋谷愛子先生がご逝去されました。享年90の天寿をまっとうされました。

秋谷先生は戦前の滝川高等女学校で学業を修められた後 故郷の上砂川の小学校の教諭として奉職され ご結婚後 縁あって お二人の子育てをされながら美晴幼稚園の主任教諭としてお務めいただきました。

秋谷先生が美晴の保育の礎を築かれたといって過言ではありませんし 先生のご人徳により当時の同僚後輩で「美晴会」という元職員の親睦会をもたれて 創設者の父が他界するまで数十年にわたり親睦を続けられました。

美晴幼稚園在職中から 茶道と華道をたしなまれ 退職後は裏千家の教授として多くのお弟子さんを育てられ社中を主宰したり 裏千家の支部会の役員としてご活躍されたようです。

ご葬儀はお通夜も告別式も 90歳の方の葬式とは思えない程 ご本人の縁の方々がたくさん参列され 最後のお見送りにも皆さんが思いを寄せられ別れを惜しむ 見事なお別れの会でした。

「し~ちゃん!! あらやだ 40過ぎた立派な園長先生にちゃんづけなんてごめんなさい でも やっぱり し~ちゃんだわよね…」

お会いするたびに 凛としたハリのある声で 幼少期の愛称のまま名前を呼んでいただいた あの響きは 生涯忘れることはないでしょう。寂しいかぎりです。

秋谷愛子先生に謹んで哀悼の念を捧げます。