野外あそび

昨日から預かり保育と日直出勤がはじまりました。

今日も氷点下10度の冷え込みもへっちゃらな顔で 子どもたちが元気に登園しています。

昨日 札幌国際大学の平野先生が中心になって主催されている 野外あそび(冬編)を覗いてきました。個人は特定できない写真なので掲載させていただきます。

 

 

 

 

 

 

大学ならでは 広いグランドををふんだんに使って かまくらをほったり 崖を滑り台にしたりして 元気に楽しくあそびこんでいました。ミニカーリング場では 大学のカーリング部の顧問の先生ご指導?のもと 漬物石でカーリングを楽しんでいました。

美晴も14日にデイキャンプがあります。親子や家族皆での参加のお電話をたくさんいただいています。まだまだ参加できますので是非どうぞ!!

付属幼稚園の保育者やいつもお世話になている大学の先生方とお話しをして ちゃっかり豚汁とお弁当までごちそうになって幼稚園にもどろうかと思った時 美晴の卒園生の4年生が声をかけてくれました。Yちゃん(さん)は子ども心理専攻なのでドンリュウの授業は受けていないのですが 美晴の園長(当時は副園長)だと気づいてくれたようです。

とっても笑顔が素敵な学生になっていて とてもうれしく感動しました。札幌の幼稚園に保育者として就職するそう。楽しみです!!。

6歳

「6歳まで、自分は自分自身のものです。それは、もっとも美しい時代です。でも、学校に行きはじめると、自分を社会に取られちゃうんです。そこからしばらく、自分のものではなくなる。「プロデューサーになる」とか「パフォーマーになる」とか。歳をとると、どんどん自由になります。真面目な自分は脇に追いやってしまって、本来の自分、6歳までの自分にもどっていくんです。」ージル・サンクロワさんが「ジルは友だち。」の中で

この一文はドンリュウが愛用している ほぼ日手帳の1月3日の欄に書かれていたものです。

くまのプーさんの原作者の A.Aミルンは

1つに なった時 ぼくは 何もかもが 初めてだった

2つに なった時 ぼくは まるっきり 新米だった。

3つに なった時 ぼくは ようやく ぼくになる

4つに なった時 ぼくは 大きくなりたかった

5つに なった時 ぼくは 何からなにまで 面白かった。

6つに なった時 ぼくは ありったけ おりこうです。

だから ぼくは いつまでも 6つで いたいと 思います。

という詩を書いています。

6歳までどのように生きるか、生かされるか。どのような時間を過ごすことが、人生を通してみたときに大切か…。

美晴の保育はそのことを妨げてはいないか…。

ドンリュウは年初にいつも 「今」 を生きている子どもたちのために 見誤らないように 間違ったおこないはしない様にするため 自らに問いをたてて確かめます。

 

 

今年もよろしくお願いします

昨年中は美晴幼稚園の保育運営に多大なご理解とご協力を賜り誠にありがとうございました。

去る12月 私が北海道で最も尊敬していた保育実践家が他界されました(先生が園長をされていた幼稚園に勤務されていた方からの賀状で知りました)。

難病を患っていらしゃった先生は園長を退任される直前 先生が敬愛されていた幼児教育の父といわれるペスタロッチーとフレーベルゆかりの地を訪ねられた際に手に入れられた ペスタロッチーの生誕祭の記念メダルを 先生の思いを添えられながら私に手渡されました。

以来 私は私立幼稚園団体で研究研修の重責を担う時 先生の思いにそむくまいとそのメダルを絶えず携えて仕事にのぞんで 今に至っています。

私が小関祐一先生に出会ったのは 私立幼稚園団体の仕事でではなく 私が幼稚園の仕事について間もなく 北海道私立幼稚園教育研究大会北見大会で小関先生が園長をされていた北見のぞみ幼稚園の公開保育研究に参加した時でした。

北海道ではまともに保育を語ることができない園長が少なくない中で 保育の意味を明確に示され その日の保育にどのような意図と子どもの学びがあるのか そのことが子どもの育ちにどのようにつながっているのか…。自らの実践に基づきながら温和に語られる姿を目のあたりにした私は いつかこのような保育実践家になりたいと決意しました。

その時の保育の様子と先生のお話し そして自らの思いは 20年の時を経た今でも鮮明によみがえります。

美晴幼稚園の営みはとてもささやかなものですが 今年も子どもの育ちに真摯に向き合う あたりまえの保育の充実に専心努力したいと存じます。職員一同よろしくご指導ください。

園長 東 重満

新しい年を迎えるにあたって

今年も一年 美晴幼稚園は保護者をはじめ多くの人々に支えられて 安心と安全の中で子どもらと共に保育を営むことができました。あと数時間で一年を終えるこの時 その事実に深い感謝の念をいだきます。

数年前 安藤忠雄という建築家のお話しを聴く機会がありました。安藤さんは 地域 民族 時代を超えて 人間にとって普遍で最も大事な仕事は 子どもを育てることと親をみおくる というふたつの営みだ というお話しをされました。人間は限りある命を生きる以上 そのバトンをつなぐ という宿命にある…。

だれもが承知している あたりまえのこの事実。しかし 安藤さんがあえてその事を問うたのは そのあたりまえを現代はないがしろにしてはいないか ということでした。

助けや支えをうけながら 自らの手で 子どもを育て おやをみおくることが 何よりも優先されない社会は どんなに整備され便利になっても 人間の文化を豊かに深めてはくれないのでしょう。

来年は 新しい動きが始まる一年になるのでしょうか…。短期間に類希な2つの震災を経験している国の住人だからこそ あたりまえの営みに思いをよせながら 一日一日を大切に過す一年にしたいものです。

皆さま よい年をお迎えください。

園長 東 重満

学び続けるという意志

 間もなく年が明けて年賀の交換があるのですが 師走のこの時期 久しぶりの便りをいただく時期でもあります。

 ドンリュウの大学院時代の指導教官であった恩師からメールをいただきました。その先生は国立大学を定年退官された後 いくつかの大学の新設にご尽力され 今なお 新潟県のご自宅から山形県の大学まで片道4時間かけて通勤されている 来年喜寿を迎えられる現役の大学教員です。

 教育哲学・思想がご専門の先生が 今取り掛かられている仕事は 近代教育の基礎を築いたといわれ18世紀から19世紀初頭にかけて活躍した教育実践家ペスタロッチーの仕事の中で 現代にも通じる理論をドイツ語で書かれた原書30点から論文にまとめる という仕事だそうです。

 この週末 東京で行われた幼稚園教諭を対象とした教員免許状更新講習の講師をしてきました。この講座の講師をするのは おそらく最後になるかと思いますが 講師の私が受講されていた保育者に学ぶことが多い 数知れず行った講習の中でも思い出に残るものになりました。

 教員免許の更新は基本的に 年齢で 35歳 45歳 55歳になる年度に30時間(試験つき)の講習を受講して更新される手続きです。幼稚園教諭の場合 一度 子育てをされたり 子育て中の方が復職されて受講するケースが多く 今回も約150名の半数近い方が そのような先生方でした。

 講習の後の試験の答案には 東京の幼稚園の保育者ならではの現実の難しさを吐露されながら 自らの子育て経験を踏まえて 子どもにとって望ましい幼児教育のあり方を 回復しなければいけないという強い意志を表明されていたものがとても多く また どれだけ経験を重ねても 現場で保育に従事する以上 「学び続けなければいけない」 という決意をつづられている方が多くいました。

 「先生」と呼ばれる以上 現役中は弛まぬ学びと研究研鑚が不可欠だということは 私自身十分理解しています。しかし 恩師と幼稚園の保育者仲間の真摯な姿勢に 自分自身を今一度ふり返えざるを得ませんでした。

 学び続けるという意志は 教師の誇り(プライド)そのものなのかも知れません。

 

クリスマスに

ドンリュウ園長が親しくさせていただいている 保育者養成課程のある大学の先生が NORADのサンタクロース追跡webサイトをおしえてくださいました。

NORADは北米の航空宇宙防衛司令部(NORAD)で その前身だったCONADが1955年以来 ちょっとした間違いからサンタの飛行経路追跡の情報提供をしています。というのは 「サンタへの直通電話」を開設したという民間会社の広告に掲載された電話番号が 当時のCORADの司令長官へのホットラインの電話番号と間違っていて 子どもらから司令部に電話がよせられたのでした。その司令官がサンタが北極から南下した形跡がないか部下にレーダーを確認させ 電話を掛けてきた子どもたちにサンタの最新情報を伝えたことから 以来 CORADとNORADOの関係者がボランティアで この仕事?を継続し 今ではインターネットを利用して世界中の人々が利用できる サンタ追跡システムとなったそうです。

前に紹介した かつてのニューヨーク・サン新聞の社説のように 100年の時間を経過してもなお語り継がれる 「サンタクロースってほんとうにいるんですか?」という子どもの素朴な問いに対する 素敵な大人の対応があります。

これから サンタクロースが日本に移動してくる時間になりました。

いつも以上に 子どもの気持ちに寄り添う日。

今晩 札幌は冷え込みが厳しい夜になりましたが 心はあたたまる一夜ですね。

 

アンリ人形

玄関ホールと階段室に木彫の人形があります。

 

 

 

 

 

 

この木彫の人形は北イタリアのアンリ社で制作された 西洋菩提樹の木を手彫りし植物から採取した素材の絵の具で彩色されたものです。近年 このような仕事ができる職人さんがどんどん少なきなってきていて いつまでつくることができるのか…。

女の子と男の子が一対の作品は 雪国のクリスマスのシーンを想像する微笑ましいものですね。

子どもが木の柵に腰掛け遠くに視線を向ける作品は21世紀を迎える時期につくられたもの。

春になると お手伝いをする男の子と女の子の人形に入れ替わります。

ドンリュウは いずれの作品も子どもたちの雰囲気が美晴の子どもたちに通じる感じがするのですが どうでしょう?

 

繰り上げて終業式

本来 本日(21日)予定してました終業式を一日繰り上げて昨日(20日)行いました。

というのも 朝の通園バスがいたるところの渋滞で 各コースで20〜30分も遅れが出てしまいました。そうなると長く乗っているお友だちは1時間近く 悪路に揺られることになります。今日も改善の見込みがはっきり立たないと園長が判断し 終業式は一日繰り上げました。

 

 

 

 

 

お部屋やみんなで使うスペースもお大掃除して 帰る前に終業式となりました。子どもたちはしっかりお話しを聴いていました。1月の笑顔での再会が楽しみです。

ということで 今日は臨時休園となりました。子どもたちはお家でもてあましていないかなぁ。

長い冬休みに入りますが このブログは更新しますので 気が向いたら開いてみてください!! ドンリュウより

 

12月うまれのお誕生会

今日は12月うまれのお誕生会。

園長の予定では お誕生会に出てから千歳空港に向かい 12:20の飛行機に乗る予定でしたが 今朝の路面状況と天気予報があやしかったので予定を変更して 早めに移動しはじめたため 12月うまれのお友だちと先生方を皆といっしょにお祝いすることがかないませんでした。

本当に本当にゴメンナサイ。

これから飛行機に乗って帰りますが 道路がツルツルらしいので気をつけます…。

それから 朝 ガリバーの電気窯から 年少・中の焼きしめした作品を出してきました。一枚 乾燥の段階で割れてしまったのですが 接着剤で修復可能です。 みんなの粘土でつくったかたちが焼いてカチンコチンになった作品 たのしみにしていてくださいね。

園長 東 重満

 

ダチョウのたまご

今週の金曜日の終業式で年内の保育を終えます。

年末はなにかとせわしく過ぎますが 楽しい行事はあるものの 美晴の子どもたちは劇や表現あそぶを織りなしながら普段のペースで過ごしています。

ある日 玄関ホールにダチョウの卵がおめみえしました。中身?はからっぽですが 大きさ 殻のかたさ 重さ どれをとっても 存在感があります。

 

 

 

 

 

 

この写真だとスケール感がないと思いますが 隣のA4のポートフォリオのファイルと比べると なんとなく大きさが実感できるのではないですか?手前のクイズ風のだちょうの解説が 展示してから一週間もたっていないのに ボロボロです。

それから 職員室にはこんなものが…。

 

 

 

 

 

 

ドンリュウ園長は 美晴幼稚園と同じ昭和39年(1964)生まれ 実際にこの百円札や大きな50円玉を使っていた時代を知る最後の世代かも知れません。

いずれも 保護者の方に幼稚園におもちいただきました。

こんな ちょっとしたモノ(こと)に興味や関心を寄せたり おもしろがる美晴の子どもたちです。