強制的な文字指導は慎重に…

札幌市の幼稚園は区毎に保育者の研修会を組織しています。先週、その報告書を読んでいて気になることがありました。

豊平区の幼稚園でけっこうな数の幼稚園が幼稚園の保育の中で文字指導をしていることです。親にとって小学校に入学する前に幼稚園で文字指導してもらえるのは ありがたい とか 安心?の材料になるのかも知れません。しかし 以前も紹介した札幌市幼児教育市民会議の議論の中で 座長をお勤めになっていた北海道大学の先生が 少し古いものの幼児教育の世界ではよく知られた研究成果(知見)を紹介されました。

幼児期の早い段階で「強制的」に文字指導されたグループと 文字指導を受けていないグループに分けて その後 小学校での学習の習熟度を調査したところ 一年生前期では識字の習熟度において文字指導されたグループの方が優位であるものの 一年生後期(9月ないし10月ころ)には ほぼ差がなくなること。また 作文においては一年生の後期以降は早期の文字指導を受けてないグループの方が優位であることなどが、確度の高い統計検定の有意差として示されています。(シビアな問題なのでちょっと難しい表現を用いましたスミマセン)

もし このセオリーともいえる研究成果を知っていれば 幼稚園の設定保育の中で半ば強制的な文字指導はしないはずです。また、文部科学省の幼稚園教育要領でも幼稚園で文字指導を行うことになっていません。

なぜ 絵本は 子どもが文字面を拾い読みすることよりも 読み聴き(読み聴かせ)が大事かといえば 大人への信頼感の中で絵本の中の物語のおもしろさにひたれることや 繰り返し繰り返し読むたびに新しい発見や新しい物語と出会う世界の中で 「情操」がはぐくまれるからです。文字を書けない子どもどうしでもお手紙のやり取りが成立するのは何故か ちょっと考えてみるだけで子どもの「ことばの世界の豊かさ」を理解できると思います。

算数の壁ともいえる 分数や小数計算でいかされるといわれるのは ドリルや計算シートでトレーニングしたことよりも 幼児期からのあそびで実体験した豊かな概念を再構成することだと言われています。その力は 生活やあそびの中で おもちゃや道具や自然素材を 分けたり 分かち合ったり 自然や社会現象を興味をもって観賞することなどで こころの深いところで記憶に残ったものです。

半強制的な一斉活動は 子どもによっては大きな弊害を与えかねないことを 十分理解した上で取組む責任が 私たち保育者にあることを自覚したいものです。強制的、一斉的に指導しなくても 子どもの文字への興味を誘発する方法は 家庭でも幼稚園でもあるはずですが いかがですか?