恩師−1

この週末 高等学校時代の恩師の喜寿をお祝いする会がありました。

私はものごころついた時から野球というスポーツのトリコになり 放課後の草野球から町内会の野球チーム 中学校の部活動 高等学校での部活動 大学時代の活動と野球に没頭し 学部を卒業したあとの就職は東海大学の学務部で教務を担当しながら野球の指導も担いました。そう これまでの人生の前半分は野球というものが その中心でした。

その野球人生 いえ いまなお 師とあおぐのが このたび当時の教え子で開いた喜寿のお祝い会の主人公であり東海大学第四高等学校時代の野球部の監督である 三好泰宏先生です。

私は市内からの通学生でしたので寮生活はおくりませんでしたが 30人以上の生徒の寮母をつとめ陰ながらチームを支えられたのが 三好先生の奥様です。

土曜日は お二人のために大勢の教え子が 感謝と慰労 そして 末永いご健康を祈り集いました。

三好先生は道教委の教員から私学である東海大学に転身され 野球部監督退任後は再度道教委に転身され社会教育と高等学校の教育を担当された異例の経歴をもたれる教育者です。

三好先生の教育哲学と実践と生き方は 今、幼稚園の園長をさせていただいている私に 非常に大きな影響をあてえています。

具体のことは いずれこの紙面や春日山に書かせていただきますが 「哲学をもって実践にあたること」「具体的方法は国を超えて先進事例と本質(本物)を研究すること」「目先の成果(勝敗など)にとらわれず人間形成をその本分とすること」「それぞれの子どもに寄り添って平等にかかわること」を私は恩師に見習い 少しでも近づきたいと念願していることです。

教え子たちは次は米寿とってわかれました。師とあおげる先生がいることは幸せなことです。