どんりゅう園長のひとり言
私が美晴幼稚園に勤務した翌年の平成4年の8月11日 当時在園中であった S君が病気で他界しました。S君の元気にあそぶ姿 いたずらっぽく笑う笑顔を忘れることはありません。
その後 在園中に1名 卒園して中学生時代に2名の子どもが他界しました。どの子どもも在園中の姿 亡くなる前に成長した姿を目にした姿は 卒園児のどの子どもより鮮明に覚えています。きっとあの子どもたちの命の灯火がいつまでも私のからだの中に点り続けているからでしょう。
今年も 何名もの卒園児が訪ねてくれました。 春には今年から かねてからの希望を実現して 親元を離れ単身で函館の工専に進学すると報告にきてくれたM君。 運動会の日に6年ぶりに幼稚園に行ってみたいといって訪ねてくれたK君は幼稚園の時はほとんど会話を交わしたことがなかったけれど 現況をいろいろと話してくれたね。 夏休みにはIさんのお母さんと弟さんが転居されて久しいと懐かしがりながら訪ねてくれました。Iさんはかねてからの夢をかなえて東京の大学で地球環境を専攻しているそうです。(幼稚園時代のおとなしいMちゃんの印象からはちょっと意外に感じたけれど素敵な道を歩んでいるね)
数年前 ちょうどいま頃 夕方園庭で芝生に水をあげていたら 平和公園から十代半ばの女性が「副園長先生?」と声を掛けてくれました。面影がのこっていたので ◯◯さんだよね 下の名前なんだったっけ? と訪ね返したら 懐かしがっていろいろな話をしてくれました。 「今は学校に通えていない」こと。でも 今の事 これからの事を真剣に考えている事…。いっしょに来ていた友だちに呼ばれて戻って行く彼女の顔は 年相応のしっかりした顔つきでした。
美晴の子どもたち(在園児も卒園児も)には つまずこうがなにしようが かけがえのない「いま」をただ懸命に生きてほしいと念願します。そして 夢の実現にむけて その命の炎を燃やしてほしいです。
だって いま命がある ということは 実はあたりまえではない 奇跡そのものだからです。
2013年8月11日 11:08 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
8日・9日と伊達市の京王幼稚園さんと洞爺湖畔の研修所で行われる SIあそびの夏期研修会に参加しています。
一方的に教え込むのではなく 出来不出来を問うのでもない。
子どもが自ら楽しいことに取組むように あそびに没頭できるように導き援助する実践のあり様を 京王幼稚園さんの公開保育で子どもたちの集中してあそぶ姿を通して 再確認させていただきました。
(洞爺湖の花火)
研修後は宿泊場所であり2日目の研修会場でもある洞爺湖畔の宿泊所に移動して 他の参加園の先生方と夕食懇親会で親睦を深めました。各園の自慢を披露するコーナーで 中川 大島 鈴木 疋田 の若手四人が美晴のいくつかの自慢を紹介した最後に 「こどもたち」と披露していたことは ドンリュウ園長として何よりうれしいことでした。
夏休みも折り返しになってきました。
来週は預かりの子どもたちとお出かけしようかなぁ と考えています。
2013年8月8日 11:59 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
今日で一学期が終了しました。
ドンリュウ園長は 九州の◯◯県と近畿地区の私立幼稚園教員研究大会で 前任の全日本私立幼稚園連合会の教育研究委員長として講演と助言の仕事で九州と神戸市に出かけていました。(終業式と夕涼み会を留守にしてゴメンナサイ)
一昨日 昼前に幼稚園から出かける時 「えんちょうせんせいどこにいくの?」と子どもたちに聞かれたので 「◯◯県という遠いところに飛行機に乗って行くんだよ…」と答えると 「あやかちゃんのお家に行くんだ…。」という子どもがいました。
というのも お母さんのお里での出産のために 5月から学期末まで美晴幼稚園に通っていた ”あやかちゃん”が遠くのお家にかえるので美晴のみんなとはお別れになることを知らされていました。 そのあやかちゃんの名字が偶然ですがドンリュウが出かける県名と同じだったので その子どもは もうすぐ遠くのお家に帰るためにお別れするあやかちゃんの家に ドンリュウ園長が出かけると思ったのでしょう。
あぁ そのように美晴の子どもたちは あやかちゃんという 大事なお友だちとのわかれにこころを寄せていたのだ と ほほえましく 思いました。
少し遠く離れるけれど あやかちゃんは いつまでも美晴のみんなの仲間だよ。
2013年7月27日 12:22 AM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
今日は運動会に向けて準備をし お母様方もふれあい交流(玉入れ)の練習や 運動会に向けて最終の準備をしてくださいました。
ドンリュウ園長はといえば
昨日から 公財)全日本私立幼稚園幼児教育研究機構の仕事で 全国の教育研究担当者を対象にした ファシリテーター(コーディネーター)の養成講座のお手伝いに東京に出張していました。
今日は東京都武蔵野市にある武蔵野東学園幼稚園で保育参観と第三者評価の研修会に参加しました。
武蔵野東学園は幼稚園からスタートし 自閉症児の保育を統合保育として実践され 保護者の協力な後押しもあって 後に 小学校 中学校 高校(専修学校)を設置し 自立支援施設まで運営されている学園です。
幼稚園から中学校まで いわゆる定型発達児と自閉症児が共に生活し学ぶ保育・教育機関で 保護者と子ども本人が統合教育に理解と共感を示され 全国から希望者が受験して入学するインクルーシブ教育の先駆者であり 充実した教育実践を具現化されています。
今日も子どもたちと保育者から 貴重な学びを抱えきれないほどあたえられた一日でした。武蔵野東幼稚園さんは来年は創立50年の年だそうで 美晴とほぼ同じ歴史を刻まれています。その意思と月日の重さも感じながら美晴に帰ります。
2013年6月28日 7:17 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
昨日 救命救急講習を終えて 千歳空港に向かい飛行機に乗って仙台経由で福島市に…。
今日は福島市で開催された 東北地区6県の私立幼稚園の設置者・園長研修会の分科会で指導助言をさせていただきました。
福島市に来るのは 文部科学省の委託調査研究で震災後の幼稚園の調査に伺って以来となりました。ここ福島市で東北地区の研修大会を開催することは 地元の先生方の大変なご尽力によるものでしょう。そして 私が担当した分科会では 福島県の飯坂温泉にある恵泉幼稚園さんの真摯な研究報告にたいへん多く学ばせていただきました。
見えない放射線への対応は 期限なくつづく中で 子どもと保護者の安全安心を守りながら この地で保育を営むことの困難さをあらためて実感しました。
そして 福島第一原発に程近い 富岡町から会津若松市に移転して 避難家庭を対象とした保育を行っている富岡幼稚園の副園長先生と再会することができました。 先生とは委託調査研究の調査で幼稚園に伺った時以来で 非常な困難の中でも 懸命に保育されているお元気な姿を拝見出来て とってもうれしかったです。
夏至の今日 福島に居ます。
2013年6月21日 10:08 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
14日(金)は公認会計士による監査があり ブログを更新することができませんでした。
今朝はやく サッカー(フットボール)のコンフェデレーションカップで 日本は来年のワールドカップの開催国でこのカップ戦の開催国でもあるブラジルと対戦しました。いつも通り5時頃目をさましたドンリュウがテレビのスイッチをいれると 既に試合の後半で日本チームは2点のビハインドをゆるしていました。
ブラジルはドンリュウが1986年と1991年に 高校時代の野球部の恩師である三好泰宏先生の縁で訪ねたことがある国で 思い出と思い入れがある国です。特に1991年はブラジル野球連盟の招きで 少年野球の指導のため3週間ブラジル国内をまわらせていただく機会を得たものでした。この時のことは近々この紙面でも紹介したいと思います。
ところで 札幌ではライラックの花が散り始め 同じ様に藤の花が散り始めています。開花している時期が短いのか藤の花は気に留めないとあの華麗な花を見過ごしかねません。かつて札幌市内の小中学校には必ずと言っていい程 二宮尊徳(金次郎)像と藤棚がありました。(今でも残っている学校は多いと思いますが)
今日 私用で出かけた小樽の帰り道 銭函の交差点で見事な藤の木を観ました。そして 子どもの頃からあそんでいた近所の公園の見事な藤棚は 辺り一面紫色の花びらでうまっていました。
そういえば今日は父の日。思いを込めて作ったおとうさんへのプレゼントを 今日ではなく帰宅した金曜日に「きょうパパにわたすんだ!!」と帰った子どものことが保育記録に記されていました。
父の子どもへのまなざしは 藤の花に似て一見目立たないかも知れませんが その花のつくりの様に細やかな花びらが重層的におりかさなっているものなのかも知れません。そして 子どもは その思いをしっかり感じとっているのでしょう。
2013年6月16日 9:41 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
今日 朝から移動して東京へ出かけ 公益財団法人 全日本私立幼稚園幼児教育研究機構の会議に出席しました。
別の会議室では 今日 政府から発表された幼児教育の無償化や幼保の制度改革についての会議も開かれていました。
ドンリュウは私立幼稚園団体の公の役職は昨年5月に退かせていただいているのですが 研究機構のシンクタンクの役割を担う分野の縦断研究チームの仕事は担わせていただいています。
今日の会議では 幼保の制度改革に向けて 私立幼稚園の実態を調査研究に基づいたデータで説明し 国の議論に 子どもの立場を尊重した政策提言ができる根拠を わかりやすく示すための緊急調査について話し合いました。
もう一つの大きな課題は 安易な学制改革によって幼児期の成長・発達が分断されることがなように 幼稚園の砂場など どの地域の幼稚園でも共通するあそびについて全国の幼稚園のデーターを集約し分析することによって 3・4・5歳児の子どもたちの生活と学びの豊かさを根拠立てて示すため 具体的な研究手続きについて検討しました。
実際は雲をつかむような 気が遠くなる 困難を要する仕事ではありますが 着実に前に進む様 ベストを尽くしたいと思います。
園長 東 重満
2013年6月6日 7:37 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
幼児期の子どもたちと共にする生活の中で ”いのちあるもの”との向き合い方 付き合い方をどのように考え実行すれば良いのか。
なにより ”いのち”ある存在は一つの例外なく 尊重される ということが原理です。
しかし 現実の生活や子どものあそびの中では その原理にそぐわない 多くの矛盾が並存します。虫や動物も その種類によって人間の扱い方 かかわり方は違います。害虫はあたりまえのように殺され カラスは嫌がられたり敵視されたりします。いのちあるのは同じだから 害虫も殺さずに生かしてあげようね とは残念ながら 出来かねます。
それらのことを踏まえながら 幼稚園や家庭など同一の集団で過ごす場合には その集団内での一定の価値観に基づいた共通理解や具体的な行動が求められます。(いわゆる文化)
昨日 保育後のカンファレンス(保育事例研究会)では 先生方で話し合いがもたれました。
もちろん これが絶対に正しいという答えなんか どこにもありませんし だれも持ち合わせていません。
大事な事は どこに結論を収れんさせるか ではなくて 思いを寄せて話し合う事。その中で自分の考え 他の保育者の考えが再認識できるから…。
園長から話したことは 「難しいテーマほど 単純(シンプル)に整理することが大切だ」ということです。
いのちあるものは どんな動植物でも(もちろんモノでも)乱暴にあつかうことは慎むこと。→丁寧に(やさしく)かかわりたい。
その上で 花壇や庭樹など大事に育てられた草木は 断りなく摘んだりとったりしないこと。
タンポポなどの野草も 愛でたり飾ったりあそびに使うために摘んだりぬいたりする時は 必要最小限にとどめて 無駄に いのちはいただかない こと。
蟻を踏み殺してしまったような時は 少し考えてみよう。
いのちに気づき 失われたいのちに思いを寄せること。
保育(子育て)は 予測不可能な出たとこ(ライブ)での真剣勝負 基本的な枠組みをもって あとは自分の感性で真剣にまっすぐに子どもと向き合って 子どもなりに その事ができるように導きたいものです。
【園長 東 重満】
2013年5月30日 5:19 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
今日 こぐまの森ガリバーで 昼食を終えバスに乗って幼稚園に戻ろうかという時間帯に 花壇に数輪咲いていた チューリップの花などを乱暴に扱う子どもがいたので 厳しく叱って幼稚園まで一緒に歩いて帰りました。
年長青バッチグループと年中黄バッチグループの その男の子3人は 花に限らず いのちあるものとどのように向き合うべきか そろそろ理屈ではなく生活経験の実感の中で 理解できる子どもたちです。
その様に いのちあるものを乱暴にあつかう子どもの姿に出会った時 私たち大人は どんなに忙しくとも 先を急いでいても 見過ごすべきではありません。 それは ちょうど 年中から年長にかけては 子どもたちに死生観が芽生える時期だからです。
担任の先生からひきはがされ バスに置いて行かれた瞬間の子どもたちは この世も終わり…といった様子でしたが。バスが見えなくなった頃には すぐに落ち着きを取り戻し 状況をしっかり理解できていました。
歩きはじめて5分くらいは 身近な動植物との付き合い方を話し合いました。 そして お父さんお母さんにとって あなたたち(それぞれの子ども)がどれだけかけがえのない大切な存在か。そのことを ”自分のまわりのいのち” にも同じように思いを寄せてほしいという 私の願いを伝えました。
その後は 道端の花を鑑賞しながら 紫色のチューリップはめずらしい とか スイセンには毒がある とか笹はパンダの好物だ 最近カラスは低空飛行が多い とか 楽しい会話を交わしながら 周囲の状況に注意をはらいながら上手に歩き横断歩道はしっかり手をあげて渡りました。
そう この子らは 規範意識がしっかり芽生えていて 自ら身を守り社会のルールもしっかり守れる子どもたちです。 だからこそ いのちの尊厳をたいせつにできる子どもに育ってほしいと願います。
幼稚園まで 4人で 30分かからずに歩ききりました。 ガリバーまで一人の帰り道は なぜか30分以上かかってしまいましたが…
今日も 樹木の花やタンポポを摘んで 子どもたちはあそんでいました。摘むことが許される花と そうではない花の一線はどこで引けばよいのでしょう? 今日のカンファレンスの課題にしてみます。(私なりの答えは明日のブログで)
2013年5月29日 4:06 PM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
先週 岩手県大槌町のおさなご幼稚園に伺ったことはこのブログでもお知らせしました。
今回の訪問で一番心に響いたのは 北は北海道 南は鹿児島 全国から激励に集まった園長先生たちに おさなご幼稚園の箱山園長先生が講演された中のことばでした。
「日本という国は いのちさえあれば 見ず知らずの人々だろうとだれだろうと いろいろなかたちで助けてくれる、助け合う国です。そして 他の国からの助けも受け入れられる国です。 だから どんなに絶望的な状況になっても とにかく いのちさえあれば やりなおしができるのですよ この国は…」
大槌町の旧市街地は 今なお 大津波に襲われさらわれたままの状態です。
この町で生活する人々の困難さは 私たちの想像が及ぶ範囲のものではないでしょう。
箱山先生は81歳。震災の年の正月 会食した同級生の中で津波の襲来を知りながら 逃げずに自宅にとどまりお亡くなりになられた方がいらっしゃる。その方は なぜ 逃げようとしなかったのか 今でも思いをよせることがある。余命短くとも いのちの限り生き 次の世代に何かをつなぐことはできるのに(できたのに)…との思いが 箱山先生にはつのっているのだそうです。
「この国は いのちさえあれば かならず助けてくれる。 やりなおしができる。」
その ゆるやかで たしかな確信は 箱山先生が我々に伝えようとされた いちばんの思いでした。
【園長 東 重満】
2013年5月27日 8:19 AM |
カテゴリー:どんりゅう園長のひとり言 |
投稿者名:どんりゅう
« 古い記事
新しい記事 »