保育の軌跡

菜園がおがっていました

こぐまの森の菜園のジャガイモは ちょうど花が咲いていました。とうきびも大豆(枝豆)もにんじんタマネギも…。

 

 

 

 

 

 

年長青バッチグループは 観察日記の絵を描きました。他の学年のお友だちも 虫を追っかけて畑にはいったり 青バッチさんが絵を描いている間 グループ毎に畑探検をしました。きっと楽しい発見がたくさんあったと思います。

こぐまの森 ガリバーでの避難訓練

今日はあそびが一段落して お昼ご飯をいただく前に 避難訓練を実施しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらんぼの木のひろばまで 全員が避難しグループ毎に点呼が完了するまで 1分46秒でした。織田先生のお話しを聞きながら口に手をあてている子どもが学年を問わず何人もいることが分かりますが。煙を吸い込まないように注意するという意識があるということです。

これからも 基本的に毎月 なんらかのかたちで避難訓練を実施します。

それから 青バッチグループの男の子が カタツムリの赤ちゃんが着いた葉っぱが入っている透明の容器を抱えながら避難していたので ガリバーに戻る時に 「火事の時は何も持たないで逃げようね…」と話したら「だってカタツムリやけちゃったらかわいそうだもん…」って返事が返ってきました。これも子どもの大切な感受性ですね。

 

 

「わかる」ということ

「わかる」を「分かる」と書きますね。

これ 実は深い意味があります。人間は他の動物とは一線を画して 「意識」できる領域が明確に自覚することができ 概念(意味の束)を持っています。意味を束ねることができる ということは 言い換えると 身の回りの事象を「分類」したり「集合」して整理することができる ということです。

言葉を覚えたの赤ちゃんが 犬を観て「わんわん」 自動車を観て「ぶーぶー」と指差しながら言うことができますね。動く動物の中でも犬の仲間を見かけた時に「わんわん」と言い(はじめのころは猫を観ても「わんわん」という場合もありがちですが…) 動く機械の中でも自動車を観た時に「ぶーぶー」と言います。これって よく考えると不思議ではありませんか?

犬といっても街中を散歩していて実際に観ることができる犬でさえ多種多彩。色やかたちが違えば大きさも違います。でも、動物の中でも犬の仲間をちゃんと見分けて「わんわん」と呼びますね。自動車も然りです。これこそ きちっと「分類」と「集合」の作業ができている証です。

今日のガリバーでのあそびから 左の写真から 少し大きめの石を容器の中に分けて見立てあそびをしています。中はカップの中に葉っぱと虫を分けて入れて虫が逃げないように葉っぱのふたをしています。右は小さな石をカップいっぱいに集めてこれもなにやら見立てあそびをしてます。

このように 実体験を通して 数や量 重さの概念に触れながらあそびます。

幼稚園の砂場あそびを映像で記録し その内容を丁寧に分類した研究があって その結果 小学校算数の6年生までの学習指導要領で示されている単元の内容全てが確認されているほど 幼児期のこどものあそびは知的にも豊かな世界なのですよ。

「無関心の関心」

新潟県佐渡のトキが自然繁殖して巣立ちをしたニュースは、これまでトキの飼育や研究にかかわった人々ばかりでなく、地域全体がえさ場となる水田や水場の確保をされた まさに関係した人々の英知と具体の協力を結集した結果であることに感動します。

そのトキの飼育や繁殖に際しては「無関心の関心」という鉄則があるのだそうです。

言葉をかえて「無関心を装った関心を寄せながら育てる」と言った方が分かりやすいかもしれませんね。この鉄則、幼児期の子どもをしなやかでたくましく育てる場合にもそのまま当てはまります。「過干渉(よけいなおせっかい)」とは対極をなすといえるでしょう。

本当は大人にしっかりまもられていながらも、当の子どもたちは大人の関与や視線を意識しない状況の中であそんだり生活することで、「自分の力でつくりあげた」とか「自分たちだけで解決した(仲直りした)」といった実体験を重ねることができま。この様な経験は子どもの「自立(自分のことは自分でする力)と自律(自分を状況にあわせて調整する力)」をしっかり育みます。2学期に向けてそんな様子を、この紙面やブログで紹介したいと思います。

例えば 今週のわんぱくタイムで子どもたちが「熱中」して砂場であそんでいる様子は…

 

 

 

 

 

それから ちょっとした隠れ家的 基地的場所では…

 

 

 

 

 

仲間と秘密のあそびを潜行?したり 自分だけの時間を過ごしたり。そんな中で自分を自分たちをかたちづくります。

【春日山 6月29日 第10号から一部引用】

 

 

 

あそびの構えと着想のやわらかさ

今日は朝から水あそびを初めてするには絶好のお天気でしたので(水あそびの準備は今日まで整う予定でもあったので) 活動の中に水あそびを入れました。もちろん 子どもたちは大喜び!! (予定になかったじゃない。とか、早速 着替えを汚して持ち帰るなんて…などとつまらないことを思う保護者は美晴にはいないはず)

 

 

 

 

 

 

ガリバーではないので 園庭に小さな家庭用プールを出してのあそびでしたから せいぜい容器の水鉄砲で水の掛け合いぐらい と思われるでしょうが 初日からちょっと違うおもしろいあそびもしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上段左から花壇のトマトと枝豆にお水をあげている様子。中央は門扉の手前のくぼみにたまった泥水を足でバジャバジャして感触を楽しんでいる様子。右と下の段の左はピロティーのコンクリートブロックに水で模様を描きながら水が暖かくなっていることを不思議に感じている様子。下の段の中央と右はクラスが違うのでメンバーも時間も別々なのに、予め打ち合わせでもしたかのように芝生のくぼみに何回も水をはこんで同じ様な水たまりを作って「どろんこ温泉…」と見立ててあそんでいる様子です。

子どもが自ら気づき広げる着想は本当におもしろいです。もう一つ、注目したいのは上段の3人の子どもの身体の構えです。幼児は頭が大きく重たいので成人とは多少バランスが異なりますが、身体の側面(横側)からみて、足のくるぶしと肩を結ぶ線が垂直であると子どもの身体は安定します。しゃがんだ時も同じです。右の子は立ち上がろうとする瞬間なので少し前掛りになっていますが、右足と右肩を結んだ線は垂直な関係です。つまり、美晴の子どもたちは身体のこなしの構えが自然とできているこどもが多いです。

それから、保育室では七夕に向けた制作や実習生の活動の中でメダルを制作していました。その一コマから…。

 

 

 

 

 

 

イチゴミルクバスケットに使うメダルをつくりましたが、こんなイチゴのデザインのメダルを作った女の子曰く、「このイチゴはまだたべられないの…」

なぜだか分かりましたか? そうイチゴの実の一部が青いことに気づくでしょう。そんなたおやかな着想がホンモノの「かしこさ」といえるでしょう。

イマジメイト

年長青バッチグループは運動会でイマジメイトという表現に取組みました。

イメージとメイト(仲間)で織りなす表現の今年のモチーフは「魔法」でした。平和公園周辺を住処としているカラスは「マジョリーナ」という魔法つかいの化身?。

年度当初から表現や運動あそびの中で取り上げて来た 「魔法の世界」は子どもたちの中にしっかり根付いていた(今でも)ようです。しかし、運動会のようなたくさんの人々が見守る中で表現するには 子どもたちなりの思い入れがある一方で戸惑いや難しさも感じていたはずで 男の子たちがふざけたり 中に入らずに遠くから眺めている時間が多い子どももいました。

運動会当日の数日前 最終的な位置や順番そして表現の仕方が決まってから グランドで練習した様子をビデオにおさめてその映像を皆で観てみる機会をつくりました。

 

 

 

 

 

 

自分たちの姿を映像を通して観ることで 互いの善し悪しに気づき「こうゆうところをなおしたいなぁ〜」と再度取組みたいポイントが何カ所かあった様です。例えば、入場する時はしっかり手足をあげてみよう とか。

 

 

 

 

 

 

自分たちのあそびのイメージを仲間と共に 「表現」としてかたちづくり 実際に大好きな家族や応援してくれる人々に観ていただくことを意識して演じることができたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから 美晴のイマジメイトは 先生に怒鳴られながらやらされているのではなく 仲間と自分たちに等身大のイメージを共有したなかで展開されるので 運動会直前までなかなか参加できなかったお友だちでも すぐに表現の輪に入って演じることができました。

この二つの違いは子どもの内面におこる達成感の質の違いにあらわれます。押し付けられた動機付けで得られる達成感はその場限りのもので、達成感と共にもうやらなくてすむという安堵感が子どもを支配します。しかし、保育者に導かれながらも自分たちでつくりあげたという自覚のある取組みは 大人からは一見稚拙にみえる活動でも 子どもたちの内面には次の大きなステップの糧となる前向きでゆるやかな達成感と共に 自分たちへの確かな自信と 大人への信頼感が膨らみます。このことが子どもをしなやかでたくましく育むことになります。

あたたかなまなざしに見守られて(第49回大運動会から)

心地よい疲労感の中で、幼稚園で行う運動会の意味を考えてみました。

美晴幼稚園では教育課程の中に様々な行事が位置づいていますが、行事の日のために行うものは一つもありません。言い換えると行事に向けた取組みと行事の体験が子どもの育ちに意味ある経験(体験の積み重ね)となることを目的としています。

例えば、年長青バッチグループの競技や表現は何度かの指導で習得できるような内容ではありません。ファイティングGOの縄跳びや平均台を渡ること、そして網をくぐることは発達が一定の段階に進んでいないと、どんなに指導を受けても何度練習しても出来るよになるものではありません。(人間が二立歩行することや補助輪なしで自転車に乗れるようになれることと一緒です)

《イマジメイトの取組みについては、後日、写真付きで詳しく紹介します。》

5歳ころになると身につくことができる内容を、生活やあそびの中に取り入ればがら、最後の仕上げ?として身近な目標を設定してあげること。前にも書きましたが、幼児期の大切な運動の面でも発達課題である協調性や調整力は、身体機能と知性・情緒が総合的(バランスよく)条件が整ってはじめて実現するものだからです。

他の学年の競技や表現も同じですが、とりわけ年少ピンクバッチや新入園の子どもたちは、上手下手とかできるできないとかではなく運動会の一日を元気に過ごすことで十分花丸に旗を何本たてても良いくらい褒めてあげたいことです。年長青バッチになると、運動会後も公園であそぶ元気が残るほど、本当の意味での基礎体力がついていきます。

人間は、多くの人に見られることを意識できるとストレスを感じ、緊張や不安も増幅されます。そんな姿は年少・中の姿にはっきりとあらわれていましたね。一方でそのような経験を重ねることで、ストレスを良い方向でとりこみ、自分や自分たちの励みややりがいに転化できるものです。(年長青バッチや進級児の姿にあらわれていました)

緊張や不安の体験を苦い思い出とせずに良い経験として次にいかせるには、今日の運動会の雰囲気が必要だとつくつく感じました。終始、どの子どもへもあたたかなまなざしと応援の拍手や声掛け。そして、一人一人の子どもそれぞれのがんばりをきちんと認めて褒めてあげるやさしさ…。ご参観いただいたお一人お一人の思いが、子どもたちに大きな励ましを与えて、これからの成長の糧となることでしょう。

ご参加いただいた親子遊戯やサイコロころころでは、お父さんお母さんと子どもたちの笑顔がはじけていました。そして、祖父競技の整然とした姿。紅組が一矢報いたお母さんの玉入れ。お父さんお爺ちゃん(おまけにお兄ちゃん)の綱引きの迫力は、きっと子どもたちに良い見本として強く印象に残ったことでしょう。

卒園生ばかりでなくたくさんの小学生にも参加してもらいましたね。それぞれ素敵に大きくなっている姿、とってもうれしいです。

それから、3月に函館にお引っ越ししたお友だちも、いくつかの競技に参加してくれました。皆、再会をよろこんでいましたね。卒園したしないにかかわらず、美晴に関係した皆さんにとって居心地の良い場所であり続けたいと思います。

【写真は保育アルバムにUPしました。】

 

 

 

雨の日の思い出

今日は台風の襲来が心配されましたが 札幌は強風が吹くことなく雨も小雨でした。

今週末の運動会に向けて 親子遊戯(ダンス)を行いました。ほとんどのお母さんが来園されて、一緒にお遊戯や道具作りを楽しく行いました。中には、せっかくお母さんか来ているのになぜか浮かない表情のお友だちもいましたが、本心はどのお友だちも嬉しい一日だったと思います。

前に 私は当時としては珍しく 年少3歳児から幼稚園に通っていたと書きました。実は、私には12歳と10歳上の姉と 学年で一つ違いの3人の姉がいます。私が幼稚園に通っていた頃は 年少3歳児のみのクラスはなかったので 今で言う姉がいた年中4歳児のクラスの中に潜り込んでいたわけです。

私が3歳から幼稚園に通うことになったのは 当時 両親ともが働いていて 母は自宅と店舗を兼ねた建築金物店を営んでいたからでもあると思います。当時の美晴幼稚園には通園バスは無かったので 皆 徒歩か家が遠い子どもは路線バスで通っていたものです。しかも、現在とは交通事情が全く異なりますが、保護者が一緒ではなく 徒歩の子どもも 路線バスの子どもも 子どもたちだけでトコトコ通っていたものです。

子どもが幼稚園にいる間に雨が降った時は 保護者がカッパか傘を持って幼稚園に迎えに来ていました。しかし、私は母が迎えに来ていないことがままあって 一人で雨に濡れて家まで帰ったものでした。しかし、母を恨んだことも 他の子どものことをうらやましいと思ったこともたぶんありませんでした。それは、ずぶ濡れになって帰った私を、母が手ぬぐいを用意して玄関先で待っていてくれて頭の先からつま先まで とっても気持ちよく丁寧に拭いてくれることが とても嬉しかったことの記憶しか残っていないからです。

幼稚園が仕事場の私は 幼稚園にいる間に雨が降ると フッと 当時の記憶と共に一昨年他界した母のことを思い出します。

自分の行動を意識して

19日(火) 午後から岩見沢の空知支庁で北海道教育委員会の幼稚園教育園長等指導者会議で講師としてお話しする仕事があり外出しましたが、午前中は平和公園で運動会の親子競技や学年競技の練習をみることができました。

美晴では同じ競技を何度も何度も練習するわけではないのですが、表現あそびからつながっている学年競技の意味を理解し動く順番や動作を意識をしっかりもって取組んでいます。意味の理解や意識をしっかりもって行動できることはとても大切なことです。

4月から表現や運動を埋め込んだあそびのなかで少しずつ育まれたことが、着実に子どもの中にねづいてきているなぁと思います。

それから、後半は同じ公園のコートでお母さん方がPTAふれあい交流玉入れの練習をされていました。(当日は園長もじゃましないように参加予定です) これまででしたらお母さんの姿を見て涙していた子どもたちも、平気な顔でグループ活動をしていましたね。

小さいけれど豊かなドラマがいっぱい

運動会の取組みもそうですが 小さいけれど豊かなドラマがたっくさんあちらこちらにみられるようになっています。

 

 

 

 

 

園庭の角にある桜ともみじの木にのぼりかけた黄バッチの子どもに「いいよ」と声をかけたら、青バッチの子どもが馬に見立てて上手に腰掛けてみました。そうすると 黄バッジちピンクバッジの子どもが違うのぼり方に挑戦していました。こんどはガリバーの大きな木で木登りをしてみようと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本や道具の取り合いも当然起こりますが、どんりゅう園長がたしなめてもガンとして聞き入れない年少でも、年長や年中のお友だちが 言い分を聴いて受けとめたうえで優しく「そのほんは○○ちゃんがよんでいたんだよ みたかったんだったら ちゃんとおねがいしてからにしようね」と伝えると コクンとうなずいて二人で元の持ち主の子どものところへ行きました。最初は二人だけでお話しをさせていた年長の女の子は 年少の二人では話がうまく伝わらない様子だと感じたのか 今度は三人で話し合いをして仲直りしていました。

美晴は異学年の子どもが自然とあそべます。

 

 

 

 

 

もちろん 同じ学年や好きな仲間どうしでのあそびも深まっていますが、子どもの小さな集団のバリエーションは豊富になっていてその分小さなドラマがあちらこちらで展開しています。