どんりゅう園長のひとり言

ディキャンプとSIあそび研修会から

6日は美晴幼稚園でSIあそびの北海道地区研修会があり 公開保育のあと白濱征洋先生に講演と保育分析をしていただき 保育をふり返ると共に子どもの育ちに向き合うことの基本を学びなおし確認しました。

7日は多摩大学客員教授で元NHKアナウンサーの木村知義先生にご講演いただき ”聴き” と ”語り” の原初的な意味から保育者が子どもと通じ合う大切さを 広い視野でしっかりと考えさせていただき 白濱泰一先生のアクティブラーニングのワークショップで体験的な学びの機会をいただきました。

小学生のディキャンプでは毎年必ず初日の朝の集いでどんりゅう(園長)が2つの約束をします。

1つ スタッフ 仲間 の話をしっかり聴く

2つ 自分は自分自身でまもる

この2つは児童期(学童期)の最も大切な発達課題でもあります。

他者(対象)に興味や関心をもってかかわり 自分自信のなかで再生産して表現(ことばを発信)しながら 自己をかたちづくるには 聴く力(受信する姿勢)をはぐくむことが必須だからです。

聴く力は ただ お行儀よくだまって姿勢を正して話し声を聞く ことではありません。話す相手にこころをひらいて ことばにこめられた気持ちや考えをうけとめる力です。相手が誰でもどんな状況にあっても自ら姿勢を整えられることが こどもらしさでもあります。

この力が涵養されれば 学校の成績の良し悪しといった狭い意味ではなく いつどこへいっても通用する やさしさとかしこさを身につけることにつながります。

そして 幼児期に多様な体験を通して重ねられた豊かな経験を土台にした さまざまな 危険 危機 を察知し そのことから 自分自身のこころとからだをまもる という意識をもつ力は 他者と調和し共生しながら 自分らしく生きるために 年齢を重ねるほど大事になってきます。

デイキャンプや研修を通して 日々の保育の中で大事にすべきことを確認する機会を得ました。子どもたち 講師やご参加いただきました先生方に感謝です。

【園長 東 重満】

 

 

2週目の保育がはじまります

10日の入園式から3日間の保育を終えて 明日から2週目の保育がはじまります。3月に卒園した子どもたちも 6日 11日の入学式から小学校生の活が始まりましたね。

それぞれに大きな期待とワクワクした気持ちと一緒に 少しの緊張や不安もあったことでしょうね。この週末は少し疲れを感じているかも知れません。

それぞれのペースで新しい環境に少しづつ馴染んでいく時間を大事にしたいですね。

そして まわりの大人が子どもの実態にそいながら環境を調整して 安心安全の中で子どもの意欲がどんどん膨らむようにしてゆきたいものです。

昨日 去年からこぐまの森ガリバーの花壇と幼稚園の庭の花壇のガーデニィングをしてくださっている つくし組のはやとくんのおかあさんとおとうさんが ちゅうりっぷの球根が植えられているプランターを運んでくださいました。もしかすると 明日はプランターにお花が咲いているかも知れませんよ。

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短い時間の中で

今週 7日の会議で12月から立て込んでいた国の会議がひと段落しました。

千歳空港に向かう前 幼稚園に立ち寄り本当に短い時間 保育をみました。

年長青バッチの等身大の自画像描きは 子どもたちがとても面白がって集中していることが伝わってきました。自分たちの身体の大きさ(スケール感) どんな色づかいで どんなふうに自分を描こいうか…。 肌の色 服の色や模様は 靴はどんな風に…。子どもたちの面白がり方は本当に それぞれ です。

色をのせるにも 合理的?に色ごとに部位を塗り分けるとか 髪の毛から下へ順序立てて塗るとか 自分なりの順序に従って塗るとか…。見ている方も本当に面白い!

そして 絵の具の準備や片付けまで しっかりと自律性が育っている。

1階の保育室では 年中黄バッチが発表会のステージ壁面?を描く傍で 保育者を中心に何やら真剣そうに相談していたり つくしのお部屋のピンクバッチは身体のサイズにしては大きめに見えるポンポンを楽しげに振ってみたり ポンポンの代わりにスカートの裾をつまみあげてみたり…。

子どもどうしや保育者を中心としたつながりが ゆるやかに 自然と そして豊かに 形成されていました。

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もっともっと 時間の長短にかかわらず 保育の息づかいを受けとめられる感受性を磨かなければ…。

4月から私(園長)が幼稚園に居られる時間がこれまでより短くなります。このことについて 保護者のみなさまに来週の懇談会でお話しさせていただきます。

コンサート

今日は昨夜からの大雪で 早朝から運転手の田中さんに除雪機を積んできてもらって(重機の除雪機のリースは12月からなので…) こぐまの森ガリバー(最低限の範囲) 保育園 幼稚園 バスの車庫の除雪を半日がかりで終えた後 こぐまの森プレイホールガリバーでかつて本学園の幼稚園だった 「こぐま幼稚園」ゆかりの能登谷さんによるバイオリンとピアノのコンサートがありました。

アットホームなピクニックコンサートはゆかりの方々を思い出しながら バイオリンとピアノが奏でる音色をガリバーと古いピアノの響きに感動しながら聴きました。

ピアニストの方が北見の方だったこともあり 昨日の平岸高台小学校の学習発表会で卒園生が おむすびころりんの劇中で指揮をする場面と重ね合わせながら ドンリュウ園長が敬愛してやまない 園長先生とその園の保育のことを思い出していました。

(かつてこのブログで先生を紹介したことがあります http://astokblog.jp/wp/miharu/2013/01/02/)

私が幼稚園の仕事をしはじめて間もない頃 教育研究大会で北見市内の幼稚園の公開保育を参観しました。その時 偶然拝見したのが小関園長先生の のぞみ幼稚園の保育でした。

保育室では保育中終始主活動にはいれなかった男の子が 保育が間もなく終わる頃 みんなで合奏する場面になったとたん 全体の指揮をとるような仕草をはじめました。その時 担任の保育者は制止するのではなく ほかの子どもといっしょに本当にうれしそうな笑顔でその様子を受け入れ クラスみんなで楽しんでいました。

小関園長先生は 保育協議の中で 子どもたちが家から持ち寄った野菜をつかって プロジェクト活動をしている様子を(レッジョエミリアのプロジェクト保育を知る以前に北見で既に実践されていました) 保育のねらいと意図を交えながら楽しそうに語られるのを聴きながら 私はいつかこの幼稚園のような保育を実践したい と願望したものです。

気がつけば 二十数年の時を経て 小関先生にみていただきたいと思える保育が美晴幼稚園でも実現できるようになりました。

この週末は冬の”嵐”の週末でしたが 私としては心温まる週末でもありました。

【園長 東 重満】

 

秋休みを迎えて

今週は秋休みで幼稚園はお休みです。一年間の中間にシルバーウィークにあわせてとらせていただいています。夏らしい保育を夏休み中に夏季保育として行うことや 夏休みを含めて園行事や研修で休暇をとれない職員のためにも このようなかたちをとらせていただいています。

さて 一年の前半をふり返ると 7月の私たち保育者の過失により起きた出来事は 子どもの安心・安全をまもるという 最も重要で優先すべき業務が完全に遂行できていなかったことに起因するもので このことに対する検証と対応の確認 そして 不断に実行するための会議と研修を重ねた上で 夏休み明けからの保育にあたっていることを 最初にお伝えします。

その上で 中川教頭をリーダーとした保育者のチームが 周囲に支えられながら 美晴の多様な子ども一人一人のより良い理解者となるための努力を重ね それぞれ課題を持ちながらも みんなの思いがかない 幸福感を感じながら毎日を過ごす保育を実現しています。

多様な子どもが織りなす美晴幼稚園の生活には 意(味) 友(情) 信(頼) そして保護者には及びませんが無償の愛がそろっていることで 一日一日つながる毎日を送ることができます。

言い換えると 美晴幼稚園の保育は子どもたちを行動主義的な枠や仕組みや関係性で 支配しコントロールするものではないので 幼稚園の設えや保育者のスキルではなく 保育者の人間性やかかわり方 保育者がつくりだす意味や保育の実態が 子どもをつなぐリソース(資源や基本的な条件)となります。

夏季保育二日目は札幌市で開催された幼児教育実践学会の施設公開でもあり 私が目標とする幼稚園のひとつでもある金沢市の幼稚園の園長先生が 美晴の子どもたちのことを理解した上で「この(こぐまの森ガリバーの広い自然)環境で多様な子どもたちがこのようにあそべるって素晴らしいですね」と感心されていました。そして 非公式でその日に視察にこられた文部科学省の施設整備指針策定幼稚園部会のメンバー(あらゆる学校種の現場を視察し教育施設の指針を示してきた)が 「夢のような幼稚園ですね」とか「子どもたちのあそぶ様子に感動しました(特にどこの場でも保育者が子どもを信じ”待つ”ことができていた)」と伝えてくださいました。

昨年度の札幌市私立幼稚園連合会の公開保育では他園のベテランの保育者から もっとこのような子どもとのかかわり方を といった技術的な指摘を受けました。間違えではないのですが そのような技術をもったベテランの保育者がそろって美晴幼稚園で保育をしても 今の美晴幼稚園の保育は実現できません。

未熟でも 子どもと同じ地平にたって 同じこころの目線やまなざしで子どもに向き合いながら 毎日を過ごすことで 少しづつ 少しづつ 子ども一人一人との真の信頼関係が結ばれて行く…。そのことが子どもの家庭に次ぐ安心感を生み 他者(人やモノや出来事)に関心を寄せ 信じ合い支え合う(双方向に)ことができるようになります。

このような関係性の基盤があってはじめて あそびを通した学びが成立し じっくり しっかり 成長・発達できるのです。

先日まで教育実習に来ていた学生は 皆それぞれにとても感受性豊かで優秀な学生でしたが 彼女らは美晴幼稚園の子どもと保育者からそのことをしっかり感じ取ってくれたようです。

美晴幼稚園の保育は 子どもも保育者も誰一人かけても実現できないバランスの保育です。

人間としても保育者としてもまだまだ未熟で成長すべき者の集まりですが 園長としては 今の保育者チームを誇らしく思っています。

後半の3月までの間 保護者のご理解とご協力をいただきながら より充実した実り豊かな保育となりますよう 力を尽くしてまいります。

園長 東 重満

※ この秋休み期間中も 美晴の家保育園との連携のカギとなる 一時預かり保育を担ってくれている織田主事と池田先生の支えにも感謝します。

追伸 秋休み中も園長は美晴の家保育園か幼稚園で仕事をしています(大学の授業もこの週からはじまります)。休日を含め何かありましたらいつでも 園長携帯:090−8899−3123 へお知らせください。

 

みずやりかかり

こぐまの森のガーデニィングは 野草とりをして 新しい草花が加わり 一層素敵な花壇になりなした。

夏休中もお水をあげていますが どんりゅうが文部科学省の仕事で出張している間は 優子先生にお願いしました。

近年 幼稚園でも個別のプランターで栽培している様子を見かけますが できれば みんなの花壇で みんなでゆるやかに生長をみまもる方が良いと考えています。動物の飼育もいきものがかりを子どもに担わせるのではなく 身近にあたりまえの存在としていきものがいて ゆるやかにかかわる…。

そういえば どんりゅうは小学校の低学年の頃 夏休中 クラスの花壇のみずやりかかりでした。どうしてか その様子を鮮明に覚えています。なぜなんだろう…。

 

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円山公園から北海道神宮を経由して円山球場へつながる遊歩道があります。秋の遠足で歩く坂下グランドから円山登山口を経由して円山動物園へつながる遊歩道と車道を挟んで並行しているゆるやかな坂道は 円山原生林の端に位置すると共に杉の木が自生できる最北端といわれる杉林をぬって整備されています。

今日 高校野球の南北海道大会の決勝戦があり 母校の東海大札幌高校が北海高校と夏の選手権大会(甲子園)の出場をかけて戦う一戦を観戦した後に 一緒だった優子先生と 偶然お会いした当時の三好監督さんと試合を振り返りながら その 遊歩道を36年ぶりに歩きました。

高校野球には大きく3つ大会があります。新チームになった2年生の秋 翌春の春のセンバツ大会(甲子園)の選考を兼ねた秋の全道大会。3年生の春の全道大会 そして 最後の大会となる全国選手権大会(甲子園)の予選を兼ねた夏の南北海道大会。

私が現役生だった当時 東海大札幌(旧 東海大四)は北海道では最強豪校で 自分たちが最上級生だった代も 3大会とも決勝戦に進出しました。

しかし 全道優勝を成し遂げられたのは甲子園がかかっていない春の全道大会のみで しかも その大会は円山球場ではなく麻生球場でおこなわれた大会でした。甲子園がかかった秋の全道大会は9回にイレギュラーバンドをからめた逆転をゆるして負け。最後の夏の南北海道大会は 最終回 私が本塁寸前でセンターからのダイレクト返球で刺され同点のホームベースが踏めずに敗退し 同期の高校野球はそこで終わりました。

甲子園がかかった円山球場での2つの決勝戦は いずれも惜敗を喫する結果となり 今日歩いた遊歩道を 言い表しようのない気持ちで歩いたことを つい昨日のことのように覚えています。

特に 夏の大会は 自分が2塁ランナーでいたときに 最大限のリードをとり 高い集中力で 良いスタートを切っていれば ホームベース寸前で憤死せずに 同点のホームベースに触塁できたかも知れなかった という後悔の気持ちが今でもぬぐいきれず…。

準備を怠らず 神経を研ぎ澄まし 「いま」「ここ」で行動につなげる。

36年前歩いた同じ遊歩道で このことの意味と大切さを心身に刻みこまれ 今につづいていることに気がつきました。

このことは 保育のなかでもまったく同じです。

保育中の瞬間は二度と巡ってこない。だから 感受性を柔らかく豊かにして 子どもや保護者の思いや願いをしっかりうけとめて うまくいくか否か 上手か下手か ではなく 自分がその時できうるベストを選択し力を尽くす。

そのことをあきらめず 楽しみながらおもしろがりながら 不断に継続できる人(チーム)のみ 夢や理想を実現できるのだと思います。

それは 厳しく険しい道だけれど 気持ちと力が尽きるまで歩き続けてみたいものです。

とりとめなく書き述べてしまいました。

あの時の自分たちのように 1点届かず惜敗して ゲームセットの挨拶にすぐに出てこれない後輩たちの姿をみた瞬間に駆け巡った思いをつづってみました。【園長 東 重満】

 

つながりつなげて

第54回の大運動会。美晴幼稚園の保育がまたひとつ前に進んだなぁ と実感しています。

美晴幼稚園は多様な子どもでかたちづくられている幼稚園です。様々な意味で運動会の会場のように大勢の人々が集い注目される状況が苦手な子どもや 集団行動が苦手な子どもも少なくありません。

しかし 美晴幼稚園はいたってオーソドックスな 個人競技があり年長は幼児期の運動課題を埋め込んだアスレチック競技があり 玉入れや綱引きといった集団競技 親子遊戯や競技 年長児のリレーや集団表現もある運動会を 家族団欒の昼食をはさんで 開・閉会式まで含めて昨日は6時間におよぶ保育になりました。

緊張や不安 疲れ などで笑顔で参加できない子どもは少なくありません。

でも だからといって 最初からみていていいよ ではなく やってみることをあきらめない。

あきらめないのは 子ども 保育者 お手伝いのお母さんお父さん そして 参観してくださっている皆さん全員だから 泣いていても 怒っていても… みんなが運動会の中心に身を置き 自分なりに いま もっている 力をふりしぼって 参加する経験ができます。

それは たとえ 一時的にマイナスにみえても 必ず 次に つながり ます。

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そのみんなが 私には輝いてみえます。

最後まであきらめない子ども見守る保育者と保護者(お手伝いのお母さんお父さん)。イマジメイトの時(私たち保育者が気をのがしてしまったのがいけなかったのだけれど) 会場からはなれたところで 子どもと保育者2人が遠くにいるみんなとつながり表現していました。

みんなが それぞれのかたちで 一緒に参加できる運動会を実現できるのは 誤解を恐れずにいえば ある意味 キセキ(奇跡・軌跡) だと思います。

毎日 重ねている時間 どんな時でも どんな姿でも お友だちを受け入れる子どもたちのやさしさ そして 最後まで席を立たず(片付けはじめなどしないで) 子どもたちをあたたかく見守る ご家族や関係者のみなさま…。

その全ての条件がそろわないと 美晴幼稚園の運動会(保育)は実現できません。(お天気も…かな)

美晴幼稚園の運動会は他の学校や幼稚園の運動会と比較されると 進行はスムーズではないし… ブサイクです。そして 我々の至らなさや 課題はいつも浮き彫りになりますが それが糧になり 子どもと私たち保育者みんなの この先 に つながります。

保育者が子どもたちみんなをこころから愛おしく思っていること(元職員を含めて)。それを 美晴の原動力にして 運動会の経験を いかしてゆきます。

ご参観のみなさま 本当にありがとうございました。

【園長 東 重満】

 

 

 

子どもへ伝えることを怠らないこと

昨日(30日) 登園後 保護者から降園の仕方が変更になる(預かり保育になる)旨の連絡を直接受けながら お受けした保育者がその後の対応を忘れて 降園のバスに乗せてしまい園まで戻ってくるという事がありました。

美晴幼稚園では 朝 子どもが保護者と帰り方(再会の仕方)を約束してお別れしているのだから そのお約束が変わる場合は まず子どもに 「いつ」「だれから」「どの様な方法(お電話なのか…)で連絡があり」「どの様に朝のお約束が変わるのか」 をきちんと伝えた上で 職員間の連絡を所定の手続きで行うことになっています。が 昨日はその全てを実行しませんでした。

その事は 子どもの不安につながり 子どもと保護者の信頼関係を揺らがせます。

このことは 大人が思っている以上に 子どもに影響を与えます。

保育者の事務能力の問題ではなく 子どもと保護者へ思いを寄せられない無神経さが 園長としては残念です。

保育者一人一人の意識をしっかり改善し 同じ事が繰り返されない様 今日から園長の指導をゆきわたらせます。

【園長 東  重満】

名前

子どもの名前はヒトの無意識の領域に刻まれるもの(刷り込まれるもの)だから 命名も呼び方も大事にしたい と私は強く思っています。

かつて担当させていただいた保健センターの両親学級でも 小学校の家庭教育学級でも 保護者にお話する時は 必ずこのことはお伝えします。

このことを最初に思うようになったのは 大学の学生時代 先輩から交通事故で亡くなった学生の話を聴いたときに 事故現場で瀕死の状態の友だちを前に呆然としていた先輩に 通りがかった人が 「あなた 友だちなら名前を呼んであげなさい!」と言われ 我に返って名前(苗字ではなく)を呼んでみると 一瞬 息を吹き返したそうです。その繰り返しの中で救急車が到着したそうですが…。

自分の名前は無意識の領域に刻まれる…。

ことばが話せず未分化な時期からでも 自分の名前は愛情をもってやさしく呼ばれ続けることで 自分の深いところに刻まれる。

先日 伝え聴きで小学校で担任の教諭から ニックネームで呼ばれ 自分の作品に記名させられている事例を耳にしました。

そのニックネームは家族間の愛称ではなく 担任が勝手につけた 悪意をこめたものであるらしい…。残念なことですが身近で現在進行形でなされている事実です。

保育や教育の現場では名前の呼び捨ても常態化している場合があります。これも 悪意のニックネームほどではないけれど 大人は十分注意すべきだと私は考えます。呼び捨ては 名前を 名前の呼び方を粗雑にしてしまいます。

幼児期(10歳くらいまで)の子どもの名前の呼び捨てが認められるのは 親しい家族が愛情を込めながら呼ぶ場合だけだと 私は思います。

幼ければ幼いほど 多く語りかけられることばは 自分の名前ではないですか。大げさだと思われるかもしれないけれど 名前の呼ばれ方は その人の生きるかたちに 良くも悪くも影響すると考えています。

だから 美晴では子どもの名前の呼び方は大事にしたいと思います。

【園長 東  重満】