生命は (吉野 弘)
生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花もめしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱きそれを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分他者の総和
しかし互いに欠如を満たすなどとは
知りもせず知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえ許されている間柄
そのように 世界がゆるやかに構成されているのは なぜ?
花が咲いているすぐ近くまで
虻(あぶ)の姿をした他者が
光をまとって飛んできている
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
毎年学期末の春日山にこの吉野弘さんの「生命は」という詩を掲載します。(今年度にはいって「春日山」休刊状態ですが…)どんどん窮屈になっているようにしか見えない子ども達の育つ道程、子育て環境、そして近頃の社会のあり様を含めた子どもを取り巻く状況を思うとき、この詩の意味が胸に深くしみると同時に 子どもに向き合うときの自分たちのあり様をふり返りたくなります。
「…世界は多分 他者の総和…」依存や支え合い、「お互い様」の関係がそれぞれの生活を豊かにし互いの関係に潤いを与えてくれるのでしょう。その事が、今どきの子育てにも教育にも社会にも欠如していることだと私は考えます。そして、富や危機危険の偏りも世の中を歪ませているのかも知れません。最近のテロの連鎖…。紛争や対立は途切れることなく世界のどこかで悲惨な現実を重ねています。
生命は不完全さを互いに補い合い、全体の総和の中で成立するもの…。吉野弘さんの「生命は」という詩は、現代の風潮の対極にあるのではなく、その悩ましさをも包含する大きな寛容さと謙虚さがあります。冬休み中、いつもにも増して子どもと共にする時間がふえていることと思いますが、その中で、必ず新しい気づきや発見があるはずです。(それは親にとって良い面も悪い面も…両面あるはずですが…)。もし、今まで自分が見過ごしていた子どもの姿があった時には、いちいち指摘し叱るのではなく、そこを仲間に補われ支えられて今の我が子の姿があることに思いを寄せてほしいです。
そんな一面はどの子どもも必ず持ち合わせていますから…。
さぁ 冬やすみがあけると 今年度の保育はちょうど2ヶ月となります。卒園 進級の日まで保育者としてベストを尽くしてまいります。
園長 東 重満
2018年1月15日 11:59 AM |
カテゴリー:コミュニケーション |
投稿者名:どんりゅう
今年もよろしくお願いします
昨年中は美晴幼稚園、美晴の家保育園の保育運営に多大なご理解とご協力を賜り誠にありがとうございました。
幼児教育(保育)の無償化が国政選挙の公約のトップになり、待機児童の問題もあいまって、施設の整備や保育者の処遇改善?への財政の投入がすすみ、保育の受け皿と子どもの在所時間は、拡大の一途をたどっています。しかしながら、社会全体のワークシェアリングは進まず、恩恵は子ども(子どもの豊かな育ち)に届いていません。
加えてデジタルネイティブという実態のないことばが象徴する様に社会の変容が保育の世界にも影響しはじめ、“実”をともなわない情報発信が容易となると共に雇用の流動化が、保育の営みを地に根を張らない形骸化したものにしつつあります。
その中にあって「美晴」の営みはとてもささやかなものですが、今年も子どもの育ちに真摯に向き合うあたりまえの保育の充実に皆で手を携え専心努力し地道な歩みを進めたいと存じます。
職員一同よろしくご指導ください。 2018年正月
学校法人東学園 美晴幼稚園/美晴の家保育園 東 重満
2018年1月15日 11:54 AM |
カテゴリー:コミュニケーション |
投稿者名:どんりゅう